愛知トリエンナーレ「表現の不自由展・その後」展示中止への声明

声明

地方自治体の責務をはたすため
   「表現の不自由展・その後」展示の再開を求めます。

 

「表現の不自由展・その後」展示の中止問題

わたしたちNPO法人多摩住民自治研究所は、「地方自治の日本国憲法に基づく民主的・創造的発展」(2007年:改訂2015年定款第3条)に寄与することを目的とする非営利組織です。30市町村が存在する東京・多摩地域の住民と自治体職員、研究者の力で1971年に設立され、2007年1月からはNPO法人として活動を進めています。

その立場からわたしたちは、「国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019」のひとつとして企画された「表現の不自由展・その後」の展示がテロ予告や脅迫によって中止に追い込まれた事態に関して、地方自治を発展させていく観点から強い危機意識をもっています。

「表現の不自由展・その後」の企画趣旨によれば、この展示会は、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された「表現の不自由展」の企画意図を継承し、それ以降に展示不許可になった作品も加えて、その不許可になった理由とともに展示するというものです。こうした展示が脅迫によって中止に追い込まれてしまったことは、深刻な事態と言わざるを得ません。展示の企画担当者が言うように「日本が、自国の現在または過去の負の側面に言及する表現が安全に行えない社会となっている」ことが、国内外に示されることになってしまったからです(津田大介芸術監督の2019/08/02ステートメント )。

 

妨害行為に対して求められる自治体の責務の放棄

日本国憲法21条第1項には表現の自由が、そして第2項には「検閲は、これをしてはならない」ことが規定されています。最高裁判所の判例によれば、ここでいう検閲とは、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、(略)その内容を審査し、不適当と認めるものの発表を禁止すること」とされています(札幌税関検査事件:最高裁判決1984年12月12日)。

この点からすると、河村たかし名古屋市長が、8月2日に少女像を含む展示を視察し「どう考えても⽇本⼈の、国⺠の⼼を踏みにじるもの。いかんと思う」(2019/08/02ハフポスト)と話し、作品の展⽰を即刻中⽌するよう愛知県知事に求めると発表したことは、表現の自由を保障し、検閲を禁止した憲法21条に違反することは明らかです。

また、8月2日の記者会見で菅義偉(すが・よしひで)官房長官が「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と発言したことは、表現の自由を萎縮させる計り知れない効果をもたらしてしまいました(「九条俳句」弁護団、「九条俳句」市民応援団、2019/08/07 抗議声明―「表現の不自由展・その後」展示再開を求めて―)。

さらに、反対派による妨害の恐れがあることを理由に展示会を中止させることは、憲法に保障された基本的人権が制限されることになるため、「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなどの特別な事情がある場合に限られる」ことが、最高裁判例でも示されています(上尾市福祉会館事件:最高裁判決1996年3月15日)。この点においても、今回の展示中止決定は、大きな課題を残しています(同上)。

 

展示の再開で、地方自治体のあるべき姿を示す

「表現の不自由展・その後」展示が中止に追い込まれてしまった背景の一つには、少女像が展示に含まれていたことがあることは明らかです。また、日韓両政府の関係が緊張している背景の一つに、徴用工問題があることも明らかです。主権者であるわたしたち住民一人ひとりが、これらの課題に向き合うことが、今回の展示中止事件を解決させていくためにも求められています。

中国人強制連行の被害者が西松建設に賠償を求めた最高裁判決(2007年4月27日)の解釈によれば、個人の賠償請求権は消滅しておらず、日本企業が自発的に賠償金を支払うことは法的に可能であり、その際に、日韓請求権協定は法的障害にならないことになります。そして、徴用工問題の本質が人権侵害問題である以上、元徴用工個人の被害回復がまずはなされなければなりません(宇都宮健児・元日本弁護士連合会会長「[寄稿]徴用工問題の解決に向けて」ハンギョレ新聞日本版、7月23日)。

日本弁護士連合会と大韓弁護士協会により2010年に発表された共同宣言の第1項には、次のようにあります。

「1.われわれは、……過去の歴史的事実の認識の共有に向けた努力を通じて、日韓両国及び両国民の相互理解と相互信頼が深まることが、未来に向けて良好な関係を築くための礎であることを確認する」(2010年12月11日の日本弁護士連合会と大韓弁護士協会「共同宣言」)。

憲法に保障された自由と権利は、わたしたち主権者一人ひとりの「不断の努力」によって保持していくことが求められています(日本国憲法12条)。そして、すべての公務員には、主権者の自由と権利を護る「奉仕者」としての任務が与えられています(同15条)。だからこそ私たちは、人々の生活の場で展開する地方自治体の行政を重視するのであり、それはどんな場面においても主権者である市民・住民の人権を擁護するものでなければなりません。

わたしたちは、不当な妨害によって中止させられている「表現の不自由展・その後」の展示の再開が、憲法の定める地方自治を発展させていく道をひらくものであると確信し、一刻も早い再開を求めます。

以上、声明します。

 

 

2019年8月24日

NPO法人 多摩住民自治研究所理事会